完 成 台 本
製 作
レンタネコ製作委員会
バ ッ プ
B S 日 本
パラダイス・カフェ
スールキートス
配 給
スールキートス
制 作
パラダイス・カフェ
脚本・監督
荻 上 直 子
プロデューサー 久保田 暁
小 室 秀 一
木 幡 久 美
ラインプロデューサー 武 藤 牧 子
アシスタントプロデューサー 尾 関 智 美
撮 影 阿 部 一 孝
照 明 松 尾 文 章
美 術 富 田 麻友美
録 音 木 野 武
衣 装 藤 井 牧 子
加 藤 和 恵
ヘアメイク 宮 田 靖 士
編 集 普 嶋 信 一
スクリプター 天 池 芳 美
キャスティング 山 内 雅 子
音 楽 伊 東 光 介
音楽プロデューサー 近 藤 貴 亮
効 果 磯 村 亮 平
コピー 太 田 恵 美
写 真 馬 場 わかな
米 谷 亨
デザイン 大 島 依提亜
演出助手 小野寺 昭 洋
目 黒 啓 太
撮影助手 藤 本 秀 雄
池 谷 直 樹
データマネージャー 堂 前 徹 之
照明助手 津 覇 実 人
赤 塚 洋 介
装 飾 石 山 悠 樹
安 部 千 夏
羽 場 しおり
録音助手 猪立山 仁 子
豊 嶋 晃 子
衣装助手 渡 邊 万季奈
ヘアメイク助手
制 作 山 本 高
登場人物
サヨコ 市 川 実日子
隣の家の変なおばさん 小 林 克 也
第 一 話
吉岡寿子 草 村 礼 子
吉岡 勉 眞 島 秀 和
第 二 話
吉田五郎 光 石 研
第 三 話
吉川 恵 山 田 真 歩
第 四 話
吉沢 茂 田 中 圭
刑 事 児 玉 貴 志
スペシャルエンディング
少 年
配給
スールキートス
パラダイス カフェ
第1話
1 サヨコの家・庭
天気のよい日。
平屋の古い家。
小ぢんまりしているが、よく手入れされた庭。
サンダルを突っかけ、庭の花々にホースで水をやって
いるサヨコ。
サヨコ「(鼻歌口ずさみながら)」
何か気配を感じ、ふと振り返ると、一匹の猫がサヨコ
をじっと見つめている。
サヨコ「お前もか」
サヨコ、家の中に入り、手に笹かまぼこを持って戻っ
てくる。
しゃがんで笹かまを猫にやるサヨコ。
サヨコ(モノローグ)「子どものころから、なぜか私の周りには、
いつも猫が寄ってきた。学校の帰り道や、お遣いに行った
M1 1’23”
先、公園でブランコに乗っているとき、川原を散歩してい
るとき、どこからともなく猫が寄ってきて、私をじっと見
つめるのだった。猫に好かれる特殊な匂いを発しているの
か、気になるところだ」
サヨコ、自分の脇の匂いを嗅いでみる。
家の中から猫の鳴き声がする。
サヨコ、家の中に向かって、
サヨコ「うん?」
立ち上がり、サンダルを脱ぎ、家に入るサヨコ。
2 サヨコの家・中
猫だらけの家の中、それぞれが勝手な行動をしている。
仏壇の中に子猫がいて、供えたコップを倒して水浸し
になっている。
サヨコ「あーーー。(子猫を抱き上げ)お前がやったのか、もう」
そばにいた一匹の猫、歌丸師匠に声を掛ける。
サヨコ「あんたが教えてくれたの? 歌丸師匠。ありがとう」
と、歌丸師匠の頭を撫でる。
サヨコ、布巾持ってきて、仏壇にこぼれた水をふき取る。
新しく水の入ったコップを供え、仏壇の前に座りなおし、
写真のおばあちゃんに向かって話しかけるサヨコ。
サヨコ「おばあちゃん、また新しい猫が庭に来たよ」
サヨコ、庭を見る。
サヨコ(モノローグ)「猫が寄ってくるヒト、というと聞こえがいい
が、猫だけが寄ってくるヒト、というのは問題だ。ワタシ
は、人間にも寄ってきてもらいたい」
サヨコ、一方を見る。
サヨコ(モノローグ)「最近、目標を作った。目標は、紙に書いて目
に留まるところに貼っておくとよい、と誰かが言っていた」
襖には、『今年こそ、結婚するぞ』と書いた紙が貼って
ある。
ほっと一息つくサヨコ。
サヨコ「さてと。行ってきます」
と、写真のおばあちゃんに挨拶し、立ち上がり外出の
準備をする。
M2 8”
仏壇の、猫を抱いたおばあちゃんの遺影。
サヨコ(モノローグ)「おばあちゃんが死んで、2年になる」
3 川沿いの道
パラソルの付いた小さなリアカーを引いて川沿いの道
を歩いているサヨコ。リアカーには数匹の猫がいる。
サヨコ、ハンドスピーカーを片手に声をあげる。
サヨコ「レンタ~ネコ、レンタ~ネコ、ネコ、ネコ」
メインタイトル――
レンタネコ
サヨコ「寂し~いヒトに、ネコ貸します」
道行く人々が変な目でサヨコを見る。
サヨコ「レンタ~ネコ、レンタ~ネコ」
子どもたちがサヨコをからかう。
子ども1「わぁ、ネコババァだ!」
サヨコ、子どもたちに変な顔を向ける
子ども2「逃げろ!」
子供達、走り去って行く。
再びリアカーを引いて歩くサヨコ。
サヨコ「ネコ、ネコ。寂しいヒトにネコ貸します。レンタ~ネコ」
声 「すみません」
サヨコの後方からおばあさんの声がする。
振り返るサヨコ。
日傘をさした品の良さそうな小さなおばあさん、吉岡
さんがガマ口財布を手に持って立っている。
吉 岡「猫、貸してもらえます?」
サヨコ「はい」
笑顔で返事をするサヨコ。
吉岡さん、リアカーの中を見て、どの猫にしようか迷う。
サヨコ「どの子も、みんないい子ですよ。ワタシが保障します。ま、
そもそも悪い猫なんていないんですけどね」
吉 岡「そうね」
リアカーの猫を一匹ずつ説明するサヨコ。
サヨコ「この三毛は、元気いっぱいの1歳。で、この茶トラは、穏
やかな14歳、おばあちゃん猫です。で、隅っこのサバトラ
は、ちっとブサイクなボス、気は優しいが力持ち、7歳」
吉 岡「私、この茶トラをお借りしたいわ。おばあさん同士、仲良
くなれそう」
吉岡さん、茶トラ猫を愛おしそうに見ている。
うなずくサヨコ。
サヨコ「えー、レンタルにあたって、猫たちが気持ちよく過ごせる
か、審査があります」
吉 岡「審査…」
サヨコ「悲しいけど、小さい動物をいじめて楽しむ奴がいるんで。
審査に合格しないと、猫を貸すことはできません」
吉 岡「まあ、大丈夫かしら」
不安な顔をする吉岡さん。
サヨコ「まず、ワタシがお宅にお邪魔して、猫が住みやすいお家か
どうか確認します」
4 吉岡さんの家
高級マンションの一室。
日当たりの良い広々した部屋にひとり暮らしの様子。
吉岡さんに続いて、茶トラ猫を抱いたサヨコが部屋に
入る。
吉 岡「どうぞ」
サヨコ「うわぁ」
サヨコ、猫に室内を見せるように見回し、
サヨコ「お前、こ~んな広いとこに住めるんだって。思い切り日向
ぼっこできるね」
リビングには、数々の茶トラ猫とおじいさんの写真が
飾ってある。写真を見るサヨコ。
吉 岡「モモコちゃんっていうの」
サヨコ、写真を見つめて、ふうん、とうなずく。
吉 岡「主人が亡くなってからずっと二人きりで仲良く過ごしてい
たんですけどね、去年死んでしまって」
サヨコ「そうですか」
吉 岡「どうぞ」
吉岡さん、ソファを勧めてキッチンへ。
サヨコ、猫を室内に放す。様子をみるサヨコ。
くつろいだ様子の猫。
お茶をもってくる吉岡。
吉 岡「どうぞ」
サヨコ、ソファに座る。
吉岡、サヨコにお茶とオレンジゼリーを出す。
吉 岡「息子がまだ小さかったころ、これが大好きでね。喜ぶ顔が
見たくて作っていたら、今では私がやめられなくなって」
サヨコ「いただきます」
テーブルを挟んでゼリーを食べるふたり。
サヨコ「うん、おいしい」
吉岡さん、ゼリーの真ん中をスプーンで丁寧にすくって。
吉 岡「……ひとりぼっちになってしまって、寂しくて、寂しくて。
でも、私、この年でしょ、今から新しい猫ちゃんを飼うわ
けにはいかないし、がまんするしかないって思っていたん
ですけど…、遠くから、あなたの声が聞こえてきて……」
吉岡さん、一口だけ食べる。
M3 1’02”
我が家のように歩いている茶トラ猫。
吉 岡「モモコちゃんが帰ってきたみたい」
吉岡さん、茶トラ猫を見て涙ぐむ。
サヨコ、茶トラ猫のくつろいだ様子を見て、
サヨコ「審査は、合格です」
吉 岡「ああ、よかった」
サヨコ「じゃ、これにサインを」
とサヨコ、一枚の紙を取り出す。
そこには、手書きで「借用書。名前。○○猫、借りま
した。期間、○○まで」と書いてある。
吉岡さんは、借用書に自分の名前「吉岡寿子」と、
「茶とら」と書き、期間のところで手が止まる。
吉 岡「……もしも私が死んでしまったときは、あなたにお返しし
ていいのよね」
サヨコ「もちろんです。レンタルですから」
吉 岡「あなたが、またこの子を見てくれるのね」
サヨコ「見捨てるようなことは絶対にしません」
吉 岡「じゃあ、安心して逝けるのね」
サヨコ「はい。安心して逝っちゃってください」
満面の笑みで言うサヨコ。
笑う吉岡さん。
吉岡さん、借用書に「私が他界する」まで、と書く。
吉 岡「これで、いいかしら」
サヨコ、借用書を確認する。
サヨコ「はい、問題なしです」
吉 岡「お支払いは?」
立ち上がり、財布を取ってくる。
サヨコ「あそっか。じゃあ、とりあえず、前金として、これだけ、
お願いします」
指一本だすサヨコ。
吉 岡「一万円?」
サヨコ「いや」
吉 岡「十万円?」
サヨコ「まさか、千円です」
吉 岡「そんな…」
サヨコ「高すぎます?」
吉 岡「いえ、安すぎます」
サヨコ「そうですか?」
吉 岡「私にぴったりな猫ちゃんを貸していただくんですもの」
サヨコ「いいんです」
吉 岡「でも、大丈夫なの?」
サヨコ「ん?」
吉 岡「生活とか」
サヨコ「え、困っているように見えますか?」
吉 岡「んー、ちょっとだけね。それに変わったお仕事していらっ
しゃるし」
サヨコ「やだ、ぜんっぜん、困りまってませんよ。ワタシ、レンタ
ネコ屋の他にも、ちゃんと仕事してますから」
吉 岡「何のお仕事?」
サヨコ「株です。毎日億単位のマネーがいったりきたりしています」
渋い顔で言うサヨコ。
吉 岡「そう」
サヨコ「ええ」
吉 岡「すごいのね」
サヨコ「小さいころから、株だけは得意なんです」
吉 岡「小さいころから……?」
サヨコ「はい」
サヨコ、立ち上がり、
サヨコ「じゃ、また、猫の様子見に来ますね」
吉岡「どうもありがとう」
吉岡さん、千円をサヨコに渡す。
サヨコ「ありがとうございます。あ、万が一猫に何かあった時は、
すぐに連絡してください。(連絡先を書いたカードを渡す)
あと、万が一、あなたに何かあったときも」
M4 1’47”
吉 岡「はい」
サヨコ、猫を抱き上げ、
サヨコ「可愛がってください」
吉 岡「(頷く)」
サヨコ「ちゃんと、穴ぼこ、埋めてくださいね」
吉 岡「?」
サヨコ「心の中の寂しい穴ぼこ。この子がしっかり埋めてくれます
から」
サヨコ、茶トラ猫を吉岡さんに渡す。
サヨコ「(猫を撫でながら)じゃあな。仲良くするんだぞ(吉岡さ
んに)じゃあ失礼します」
吉 岡「どうも、ありがとうございました」
去っていくサヨコ。
残された吉岡さん、茶トラ猫を愛おしそうに抱き、顔
を埋める。
吉 岡「モモコちゃん、お帰りなさい…」
ひとくち食べたゼリーの真ん中に開いた穴ぼこ。
5 サヨコの家・外観・夜
灯りが点っている。
6 サヨコの家・夜
M5 50”
風呂上りでパジャマ姿のサヨコ。
猫たちに囲まれて、パソコンに向かっている。
眉間にしわを寄せ、難しい顔をしているサヨコ。
サヨコ「んー」
唸っているサヨコ、抱いていた猫に画面を見せて聞く。
サヨコ「ねえこれ、買い、でいいか?」
猫「……」
猫の口元を自分の耳に寄せるサヨコ。
サヨコ「うん、そうか、だよな」
サヨコ、猫を降ろし、パソコンに向かう。
サヨコ「買いだ、おりゃ!」
画面をクリックする。
パソコン画面をしばらくにらむサヨコ。
サヨコ「よし、きた! やったぁ! やったぁ! やったぁ!」
ひとりで騒いでいるサヨコ、抱き上げた猫を見て、
サヨコ「さてはお前、天才だな」
7 サヨコの家・庭・一ヵ月後(日替わり)
庭で干した布団を布団たたきでパンパンするサヨコ。
布団に顔を埋め、匂いを嗅ぐ。
サヨコ「うーん、たまらん」
縁側にいる猫たちに声をかける。
サヨコ「たまらんな」
サヨコ、何か気配を感じ、振り返ると、塀を隔てた隣
の家の庭から変なおばさんがサヨコをじっと見ている。
サヨコ「うわっ」
サヨコをじっと見続ける変なおばさん。
サヨコ「こ、こんにちは」
変なおばさん、唐突、
変なおばさん「あんたの前世はね、セミだよ」
サヨコ「…は?」
変なおばさん「知り合いに調べてもらったんだよ、あんたのこと」
サヨコ「……」
変なおばさん「あんたの前世はね、セミだってさ。だから猫ばかり
が追っかけてくるのさ」
サヨコ「そ、そうなんですか」
変なおばさん「少しは人間の男にも追っかけられないとね。ま、無
理な話だけど」
むっとするサヨコ。
サヨコ「なんで無理なんですか」
変なおばさん「だって、あんたの前世はセミだもの」
サヨコ「……」
変なおばさん「花は赤いわー 空は青いわー 私の気持ちー…」
妙な自作の歌を歌いながら家の中に入ってしまう変な
おばさん。
鼻の穴を膨らませて怒っているサヨコ。
サヨコ「人が気にしていることをズケズケと。あのババア、ぜって
ー、許さねー。フン!」
布団を力一杯叩き続けるサヨコ。
サヨコ「だいたいなんで人の前世、勝手に調べてんだってーの」
ぶつぶつと文句を言う。
携帯電話の着メロが鳴る。
ポケットから携帯電話を取り出し、
サヨコ「はい、レンタネコ屋です」
一瞬にして、表情が変わる。
サヨコ「…そうですか。すぐいきます」
携帯電話を切るサヨコ、呆然と佇む。
8 吉岡さんの家
サヨコ、玄関のベルを押すと、喪服を着た吉岡さんの
息子と思われる男、吉岡勉が出てくる。
勉 「はい」
勉、サヨコを見て、いかがわしそうな目を向ける。
勉 「何?」
サヨコ「レンタネコ屋です。猫を引き取りにきました」
勉 「ああ、猫ね。さっさと持ってってくれる。俺、猫アレルギー
なんだよ」
鼻をぐずぐずする勉。
部屋の中に入るサヨコ。
部屋では、勉が携帯電話で話している。
勉 「あ、ごめんごめん。うん、それで……ええっ! こんない
い場所にあるのに、そんなもんにしかならないの? 一等
地なのに。うん…え、何? 壁にひっかき傷? …ああ、
だから猫なんて飼うなってあれほど言ったのにさぁ……
ああ、おふくろ、全然言うこときかないから」
猫を探すサヨコ。勉、じろっとサヨコを睨む。
サヨコ、そそくさと隣の部屋へ。
勉の声「急に言われたって分からないよ、そんなこと……分かった。
まあいいや。じゃ、また連絡するから。うん、はいはい、
はーい(切る)」
室内を探すサヨコ。座卓の下を覗いてみる。
サヨコ「ここにいたんだ。おいで」
座卓の下から出てこない猫。
サヨコ「おいで、おいで」
呼ぶが出てこようとしない。
サヨコ、しばし考え、再びベッドの下を覗き込む。
サヨコ「モモコちゃん。モモコちゃーん」
猫、出てくる。
サヨコ、猫をなで、
サヨコ「可愛がってもらったんだ。よかったね。(抱き上げて)帰
ろうか」
サヨコ、立ち上がろうとすると、
勉の声「うわっ!」
と、勉が突然叫ぶ。
サヨコ「?」
勉 「なんだこれ?」
冷蔵庫の中を見ている勉。
サヨコ、そばに行き、冷蔵庫を覗いてみると、中には
いくつものオレンジのカップゼリーがある。
サヨコ「うわー」
その全てのカップゼリーの真ん中に、ひとつ穴が開い
ていて、その穴は生クリームで埋められている。
思わず笑ってしまうサヨコ。
勉 「何が可笑しいの」
サヨコ「いえ、べつに」
勉 「どうやって処理すんだよ、こんなもの」
怒っている勉。
サヨコ「あの、いっこ、もらってもいいですか?」
むっとしながらサヨコを見る勉。
あごで、もっていけ、と合図する勉。
カップゼリーをひとつもらっていくサヨコ。
途方にくれる勉。
9 サヨコの家・庭
カップゼリーを持って、縁側に座っているサヨコ。
そばに吉岡さんに貸した猫がいる。
サヨコ、ゼリーを猫に見せる。
サヨコ「ほら見て。穴ぼこ、埋まってるよ」
ゼリーを食べるサヨコ。
10 吉岡さんの家
夕方の日差しが窓から差し込んでいる。
冷蔵庫の前にペタンと座り込んでいる勉。
手には、カップゼリー。
ゼリーをひとくち食べる勉。
途方もない喪失感が、勉を襲う。
一話 終り
椅子の上の子猫
爪とぎしていて、落ちる。
第2話
11 サヨコの家・中
雨の日。
猫だらけの家の中。
洗濯物を干そうとカゴを抱えてくるサヨコ。
猫たちに挨拶する。
サヨコ「おはよう~~」
縁側にでて外を見るが、雨降り。恨めしそうに空をみる。
鴨居にフックをかけ、
サヨコ「よっ、よいしょ」
即興の唄を歌いながら、ロープを室内に縦横に張っていく。
サヨコ「♪雨降り あたいの心も雨降り よいしょ ♪あんたの心
も雨降り よいしょ ♪歌丸師匠も雨降り」
張ったロープに洗濯物を掛けていく。
サヨコ(モノローグ)「小さいころ、おばあちゃんは、本当に猫と
話が出来ると思っていた。おばあちゃんと一緒に道を歩く
と、必ずといっていいほど猫がついてきた。おばあちゃん
は、なぜかいつもエプロンのポケットに煮干をしのばせて
M6 1’41”
いて、それを猫たちにあげるのだ」
サヨコ、子猫を持ち上げ、干そうとして、
サヨコ「あ、違った」
サヨコ(モノローグ)『いい猫さんだねぇ、…あそう、あんた、木
村さんのお宅の子なの、…ふうん、あそこにはいたずらっ
子がいるから大変だねえ…』などと、本当に猫と会話して
いるかのように話をするのだった」
洗濯物を干しているサヨコ、ふと何か気配を感じ、振
り返ると、先日と同じ猫が縁側に来ている。
サヨコ、そばに来て、
サヨコ「またお前か」
サヨコ、エプロンのポケットから笹かまぼこを取り出
し、猫にやる。
サヨコ(モノローグ)「ワタシも最近おばあちゃんに習って、エプ
ロンのポケットに笹かまをしのばせている。最近の猫は、
舌が肥え、煮干よりも笹かまだ」
笹かまを夢中で食べている猫。
サヨコ「ぜいたく者め」
12 サヨコの家・中 (時間経過)
猫たち、それぞれが勝手な行動をしている。
サヨコ、仏壇にパイナップルを丸ごとひとつ供える。
サヨコ「おばあちゃん、パイナップル買ってきたよ」
しみじみとパイナップルと仏壇のバランスを見つめた
後、縦に置いたパイナップルを横にしてみるサヨコ。
やや顔を離してパイナップルを見て、置き方をいろい
ろ変えてみる。
サヨコ「ん? お仏壇にパイナップルって、似合わないぞ…」
サヨコ、近くにいる猫を持ち上げ、パイナップルと交
換してみる。
サヨコ「お仏壇と猫は、似合うのに…。ま、いっか」
再びパイナップルと猫を交換する。
サヨコ、そのままごろんと仰向けになる。
天井を見つめつサヨコ。
サヨコ(モノローグ)「最近、目標を壁に貼るようにしている。
目に留まるところに貼っておくとよいそうだ」
サヨコ、寝転がったまま、襖のほうを見る。
襖には、『今年こそ、結婚するぞ』と書いた紙が貼っ
てあり、その隣に並んで、『焦りは禁物! 顔で選ぶ
な』と貼ってある。
サヨコ「さてと。よいしょ」
サヨコ、起き上がり部屋を出て行く。
仏壇には、パイナップルと子猫。
M7 24”
サヨコ(モノローグ)「ワタシに猫が寄ってくるのは、おばあちゃ
んからの遺伝だと思う」
雨は上がり、庭の風車が風に回る。
13 川沿いの道
小さなリアカーを引いて川沿いを歩いているサヨコ。
リアカーには数匹の猫がいる。
サヨコ、スピーカーを片手に声をあげる。
サヨコ「レンタ~ネコ、レンタ~ネコ、ネコ、ネコ」
子どもたちがサヨコをからかう。
子ども1「わぁ、またネコババァだ!こっわぁ」
子ども2「やべえやべえ、逃げろ!」
サヨコ、子どもたちに変な顔を向け、通り過ぎる。
再びリアカーを引いて歩くサヨコ。
サヨコ「寂しいヒトに~、ネコ貸します。レンタ~ネコ、レンタ~
ネコ、ネコ、ネコ。」
サヨコ、川原に佇み川の流れを眺めながら棒アイスを
食べている中年の男、吉田に目がいく。
吉田、寂しげにため息をつく。
サヨコ、その場に立ち止まり、吉田を見つめながら、
サヨコ「ネコ、ネコ。寂しいヒトに~ネコ貸します」
吉田、棒アイスの最後のひとくちを口に入れようとし
た瞬間、アイスが落ちてしまう。
サヨコの声「寂しいヒトに~ネコ貸します。レンタ~ネコ、ネコ、
ネコ」
吉田、落ちたアイスを眺め、ため息をつく。
ふと、吉田の耳にサヨコのアナウンスが入ってきた。
吉 田「レンタネコ? なんだそれ?」
吉田、通り過ぎたサヨコの後ろ姿を見て、立ち上がる。
サヨコ「レンタ~ネコ、ネコ、ネコ」
スピーカーでアナウンスするサヨコ。
吉田が後方から呼びかける。
吉 田「すみません!」
立ち止まるサヨコ、ニタッと笑う。
吉 田「あのう……」
サヨコ、振り返り、吉田に目の前でスピーカーを通し
てアナウンスを続ける。
サヨコ「寂しいヒトに~ネコ貸します」
リアカーの中の可愛い猫を一匹抱き上げ、吉田に見せ
るサヨコ。
サヨコ「ほら」
吉 田「うわ……」
あまりの可愛さに言葉を失う吉田。
サヨコ、吉田の顔を見て、にやりと笑う。
サヨコ「猫、好きでしょ。好きですよね」
吉 田「分かりますか?」
サヨコ「猫好きの顔してます」
吉 田「そうですか?」
サヨコ「寂しいときは、猫がイチバンです」
吉 田「貸してもらえるんですか?」
サヨコ「もちろん」
サヨコの腕の中に抱かれている猫を見つめる吉田。
吉田、思わず手を伸ばし、猫に触れようとする。
が、その瞬間、猫を引っ込めてしまうサヨコ。
なんで?という顔をする吉田。
サヨコ「レンタネコですから。(説明する)えー、レンタルにあた
って、猫が気持ちよく過ごせるか、審査があります」
吉 田「審査……」
サヨコ「悲しいけど、小さい動物をいじめて楽しむ奴がいるんで」
吉 田「はあ……」
サヨコ「審査に合格しないと、猫を貸すことはできません」
うなずき、納得する吉田。
サヨコ「まず、ワタシが、お宅にお邪魔して、猫が住みやすいお家
かどうか確認させていただきます」
吉 田「え、でも、僕、一人暮らしですよ」
サヨコ「ん?」
サヨコ、意味が分からないという顔。
吉 田「若い女性が、見ず知らずの男の家に来るなんて、どうかと
思いますが」
サヨコ、見定めるような流し目で吉田を見る。
サヨコ「うん、大丈夫。あなたは悪いことをするような人じゃない」
吉 田「……」
14 吉田の家・アパートの一室
一人暮らしには十分な広さのアパート。
家具など、余計な物がなく、殺風景な部屋。
ドアが開く音。
吉田の声「どうぞ」
サヨコの声「お邪魔します」
吉 田「どうぞ。なんにもなくて……」
照れながら言う吉田、窓を開けて風を通す。
猫を抱き、部屋に入るサヨコ、部屋を見回す。
出しっぱなしの食器を片付けながら、
吉 田「僕、そんなに寂しそうに見えました?」
サヨコ「はい。とても」
吉 田「そうですかぁ……。(お茶の仕度をしながら)実はね」
サヨコ「はい」
吉 田「6年間ずっと、家族と離れて単身赴任だったんです。でも
やっと来月、家に帰れることになったんです」
サヨコ「じゃあ、嬉しいはずじゃないですか」
吉 田「そうですよね。嬉しいはずなんですけど、でもね……」
サヨコ、飾られた家族の写真に気づき、取り上げて見
る。幼い娘、そして犬がいる。
吉 田「あ、その写真のとき、娘は7歳でした。可愛くてね。僕が
家に帰ったら、パパって抱きついてきたりして、本当に、
目の中に入れても痛くないとはこのことだって、思ったり
しました」
サヨコ、連れてきた子猫を室内に放す。
子猫、吉田の部屋を興味津々に歩き回る。
吉 田「僕は猫派なんですけど、娘が犬が欲しいって言って、誕生
日にもらってきたんです。ゴンタっていうですよ、その犬。
それで先日家に帰って、またママとマリちゃんと一緒に暮
らせるねって、娘に言ったら…」
言葉が詰まる吉田。
サヨコ「言ったら?」
吉 田「喜んでもらえると思ったら……」
サヨコ「思ったら?」
吉 田「ものすご~くいや~な顔して、え~って言ったんです。あ
の可愛かったマリちゃんが、え~って」
吉田、泣きそうになっている。
吉 田「それで僕、嫌なの? って聞いたら……」
サヨコ「聞いたら?」
吉 田「だってパパ、臭いんだもんって……ゴンタみたいな匂いが
するって……。いやむしろゴンタよりやばいって……そり
ゃ確かに、僕もこの6年で年取って加齢臭が増したのかも
しれません。僕が脱いだ靴下なんか、もう……」
サヨコ、顔を歪め、指先で汚いものをつまむ様な動作で、
サヨコ「こんな感じですか?」
吉 田「(ガックリと頷く)」
サヨコ、吉田の足元を見て、
サヨコ「あ」
吉田の左の靴下に、穴ぼこがあいている。
吉 田「あ」
慌てて右足で左の靴下の穴ぼこを隠す吉田。
サヨコ、子猫のところに行き、
サヨコ「女の子には、そういう時期があるものです。その時期が過
ぎれば、また仲良くなりますよ」
吉 田「……でも、もう抱きついてくれないんだろうなぁと思って。
そんな可愛かった時期を、僕は一緒に暮らすことができな
かったんだって思ったら、もう、悲しくなってしまって。
いつの間にか、娘が大人になってしまったような……」
サヨコ、子猫を抱いて、吉田の向いに座る。
サヨコ「子猫はね、すぐに大きくなるんですよ。もう食べちゃいた
いくらい可愛い子猫が、ほんの3ヶ月後にはもう口に入ら
ないくらい大きくなってしまうんです。きっと人間の子ど
もも、目に入れても痛くなかったのに、いつのまにか目に
入らないくらいになってしまうんですね。もうちょっとゆ
っくりって願っても、待ってくれないし」
吉 田「はぁ……寂しいな~」
切なげな吉田を見て、サヨコ、抱いている子猫を吉田
に手渡す。 吉田、猫を抱く。
サヨコ「この子、臭いものが大好きなんですよ」
吉 田「え?」
サヨコ「玄関にお客さんの靴がずらっと並んでると、わざわざイチ
バン臭いのを選んでその靴の上に乗っかるんです。それは
もう至福のときって顔して」
吉 田「じゃあ、オジサンの加齢臭とか喜んでくれるかな」
サヨコ「喜んでくれますとも」
吉 田「(苦笑)あんまり、嬉しくないけど……」
吉田、嬉しそうに子猫を抱いている。
子猫も吉田になついている。
サヨコ「審査は、合格です」
吉 田「じゃ、この子、貸してもらえるんですか?」
サヨコ「はい。じゃ、これにサインを」
とサヨコ、一枚の紙を取り出す。
そこには、手書きで「借用書。名前。猫。期間」と書
いてある。
吉 田「あ、はい(サヨコ、紙を押えてくれるので)あ、すいませ
ん」
吉田、借用書に自分の名前「吉田五郎」と、「加齢臭が
好きな猫」と書き、期間のところに、「家族の元に帰る
まで」と書く。
吉 田「これで、いいですか」
サヨコ、借用書を確認する。
サヨコ「はい、問題なしです」
吉 田「あの、お支払いは?」
サヨコ「あ、じゃとりあえず、前金として、これだけお願いします」
指一本だすサヨコ。
吉 田「一万円?」
サヨコ「いや」
吉 田「十万円?」
サヨコ「まさか、千円です」
吉 田「えっ、そんな…」
サヨコ「高すぎます?」
吉 田「いや、安すぎです」
サヨコ「そうですか?」
吉 田「だって、こんな可愛い子を貸してもらうんですよ」
サヨコ「いいんです」
吉 田「でも、それじゃあなた、困りませんか?」
サヨコ「ん?」
吉 田「生活とか」
サヨコ「え、困っているように見えますか?」
吉 田「まあ」
サヨコ「やだ、ぜんっぜん、困りまってませんよ。ワタシ、レンタ
ネコ屋の他にも、ちゃんと仕事してますから」
吉 田「え、何を?」
サヨコ「占い師です。ものすごく当たるって評判です。多摩川の母
って言われています」
渋い顔で言うサヨコ。
吉 田「へえ、そうなんですか」
サヨコ「ええ。小さいころから占いだけは得意なんです」
吉 田「へえ、すごいな。じゃ今度、僕のことも占ってもらえます
か?」
サヨコ「人気あるんで、すごい並んでますよ。待ち時間は、約一時
間半です」
吉 田「えー」
サヨコ「それに、あなたの場合は、占いしなくても大丈夫」
吉 田「え?」
サヨコ「占いに来る人はね、もっとこう、どよ~んとしています。
暗くて長~いトンネルに迷い込んでしまって抜け出せない
ような。あなたの場合は、ほんのちょっと、寂しいだけ。
寂しいときは、猫がイチバン効きますから」
吉 田「はあ」
サヨコ「じゃ、また様子見に来ますね」
吉 田「ありがとうございます。じゃ、これ。すいません、千円」
吉田、千円をサヨコに渡す。
サヨコ「あ、猫に万が一何かあったときは、すぐに連絡して下さい」
と、連絡先を書いたカードを渡す。
吉 田「はい」
M8 1’09”
サヨコ「ちゃんと、穴ぼこ、埋めてくださいね」
吉田、慌てて右足で左の靴下の穴ぼこを隠す。
サヨコ「そっちの穴ぼこもだけど、心の中の寂しい穴ぼこも。その
子がしっかり埋めてくれますから」
うなずく吉田。
サヨコ、吉田に抱かれた子猫の顔を、口を大きく開け、
食べる真似をする。
そのまま、猫のおでこにチュウをする。
サヨコ「じゃあな。仲良くするんだぞ。じゃ、失礼します」
吉 田「ありがとうございました」
去っていくサヨコ。
サヨコ「お邪魔しました」
吉 田「ありがとうございました」
残された吉田、猫に顔を埋め、猫の匂いを嗅ぐ。
吉 田「猫臭~い。え? オジサンも臭いか? ホント? んー、
臭い、臭い、臭い」
嬉しそうな吉田。
15 サヨコの家・外観・夜
玄関戸開いて、どよ~んとした雰囲気の男性客が帰っ
ていく。
16 サヨコの家・中・夜
M9 1’21”
玄関には何足もの靴が並んでいる。
猫たちが靴の匂いを嗅いでいる。
廊下には、座布団の上で正座して待つ人々の後ろ姿。
どよ~んとした空気が流れている。
サヨコ、薄暗い部屋で、目の前に座る女性客を占って
いる。
半目を開けた状態で、呪文のようなものを唱えながら。
隣に鎮座している歌丸師匠に
サヨコ「では歌丸師匠、お願いします」
歌丸師匠を、並べたタロットカードの前に置く。
カードの一枚を歌丸師匠の手が触る。
そのカードをめくるサヨコ。
サヨコ「見えました。あなた、若い男にたくさん貢ぎましたね。そ
の彼はまったくあなたのことを見ていません。見ているの
は、あなたのお財布。別れなさい」
女性「うっ」
背中越しの女性、泣き崩れる。
16 サヨコの家・庭(日替わり)
帽子をかぶり、軍手をはめ、庭の雑草を抜いているサ
ヨコ。
サヨコ、ふと視線を感じて動きを止め、ゆっくりと振
り返る。
隣のうちの変なおばさんが、柵越しにサヨコをじっと
見ている。
サヨコ「うわっ」
サヨコをじっと見続ける変なおばさん。
サヨコ「こんにちは」
サヨコ、仏頂面で挨拶する。
変なおばさん、唐突にサヨコに言う。
変なおばさん「170センチ以上背のある女はね、昔から男にモテ
ないんだよ」
サヨコ「(立ち上がり)ワタシ、169センチですけど」
変なおばさん「背があって胸もあればいいけど。あんた、胸はない
し」
サヨコ「余計なお世話です」
変なおばさん「しかも前世はセミ。残念だね。猫にはモテるのにね。
花は赤いわー 空は青いわー 私の気持ちはー ラーララ
ラ ランランラン」
妙な自作の歌を歌いながら去っていってしまう。
鼻の穴を膨らませて怒っているサヨコ。
サヨコ「人が気にしていることをズケズケと。あのババア、ぜって
ーゆるさねー」
サヨコ、憤慨しながら草むしりを続ける。
が、ため息を付いて、切ない目をするサヨコ。
サヨコ「はぁ、結婚したい…」
と、サヨコの携帯電話の着メロが鳴る。
立ち上がり軍手を外し、携帯電話に出るサヨコ。
サヨコ「はい、レンタネコ屋です。…そうですか。すぐに行きます」
サヨコ、電話を切る。
17 吉田の家
吉田の家の玄関のベルを鳴らすサヨコ。
サヨコ「こんにちは。レンタネコ屋です」
家の中から吉田の声がする。
吉 田「開いてます。どうぞ入ってください」
サヨコ、玄関を開け、中に入る。
サヨコ「は?!」
部屋の中は何もなく、綺麗に片付いている。
部屋の真ん中に、大きめの鞄と並んで、吉田が子猫を
抱いて正座し、深刻な表情で頭を下げている。
サヨコ「(入ってきて)どうしたんですか?」
吉 田「お願いがあります。マミコちゃんを、僕にください」
サヨコ「は?」
吉田、必死な顔でサヨコを見る。
吉 田「お母さん」
サヨコ「お母さん?」
吉 田「僕たちは、固い絆に結ばれて、別れられない間になってし
まいました。僕はマミコちゃんを愛していますし、マミコ
ちゃんも僕を愛しています。この先、どんなことがあろう
と、僕はマミコちゃんを守り抜きます。ですからお母さん、
どうか、どうか、マミコちゃんを連れて行くことをお許し
ください」
サヨコ、座る。
サヨコ「……でも、家族の方たちは?」
吉 田「もう話してあります。妻は猫アレルギーだから嫌だと言っ
たんですが、僕は、どうしても、そこはお願いと言って。
許してくれなければ、僕はマミコちゃんと暮らすから君と
は暮らせないと言ったら、やっと、納得してくれました」
サヨコ「そうですか」
吉 田「ですからお母さん、どうか、マミコちゃんを僕にください」
頭を下げる吉田。
サヨコ「ちょっとすいません」
サヨコ、猫を抱き上げ、部屋の一角に行く。
子猫の顔を覗き込み、
サヨコ「どうする? 君の意思を尊重するよ」
サヨコ、猫の口を自分の耳元に近づける。
サヨコ、うんうんとうなずく。
サヨコ「そうか、わかった」
サヨコ、吉田の前に戻る。
吉田、不安げにサヨコを見ている。
サヨコ「どんなことがあっても、この子の最期を看取るって、約束
してください」
吉 田「必ず、必ず最期を看取ります。約束します」
サヨコ「わかりました。責任持って、可愛がってください」
吉田、強張った顔が緩む。
サヨコ、吉田に子猫を渡す。
吉 田「良かった。良かった」
吉田、猫を抱き、顔を付ける。
吉 田「ありがとうございます。ありがとうございます」
何度も頭を下げる吉田。
吉田、立ち上がろうとするが、正座していたためによ
ろける。
吉 田「イタッ」
サヨコ「大丈夫ですか」
足がしびれ、痛さをこらえる吉田。
吉 田「しび、しび、痺れました。あっ、つった、つった」
サヨコ、吉田の足元を見て、
サヨコ「あ」
吉田の左の靴下の穴ぼこは、赤い糸で下手くそに縫っ
てある。
サヨコ、思わず笑い出す。
サヨコ「穴ぼこ、埋まったんですね」
吉 田「ああ、おかげさまで。あいた、あいたたた……」
吉田の様子に笑いが止まらない。
19 サヨコの家・庭
いつものカゴに入っている歌丸師匠。
サヨコがやってきて、庭を眺める。
ふと、エプロンのポケットに手を突っ込むと、ポケッ
トに穴が開いていて、指が出てしまう。
サヨコ「あ」
サヨコ、家の中に一旦戻り、裁縫道具と共にまたやっ
てくる。
縁側に座り、エプロンの穴を縫うサヨコ。
猫が鳴く。
サヨコ「ん?」
M10 1’04”
鳴いた猫を見るサヨコ。
サヨコ「うん…あの子はね、ステキなおじさんにもらわれていった
よ。…おじさんの匂いが大好きなんだって。…うん、きっ
と幸せだよ」
猫と会話をしているかのようなサヨコ、縫い物を続け
る。
20 吉田の家族の家・玄関
朝。
小さな一軒屋の玄関。
出勤の準備をする吉田、靴下を履こうと玄関に座る。
吉田、靴下をはくと、穴が開いている。
吉 田「あ」
家の中に向かって、
吉 田「ママ、ママ! 新しい靴下出してもらえますか」
反応を待つ吉田。
吉 田「ママ!」
横から靴下が飛んでくる。
吉 田「(ぼそりと)なんだよ」
飛んできた靴下を取り上げ、それを履く。
吉 田「(穴が開いてないか確かめ)よし」
穴の開いた靴下を放りやる。
と、子猫のマミコちゃんが吉田のそばにくる。
吉田の顔が緩み、嬉しそうに抱き上げ、
吉 田「なんだ、マミコちゃん。見送りに来てくれたの? 嬉しい
なぁ。この家で、優しいのはマミコちゃんだけだ。行って
くるね。いい子にしているんだよ」
吉田、マミコちゃんのおでこにチュウをして、そっと
置いて、
吉 田「いってきます」
玄関を出る。
見送るマミコちゃん。
2話 終わり
サヨコのベットの上にドーンといるネコ。
第3話
21 店・外観
セミがうるさく鳴いている。
小さなレンタカー店のような店構え。
入り口には「ジャポンレンタネコ」と書いてある。
22 店内
女(30代)がひとり、紺の制服を着て、カウンター
に座っている。
暑いようで、ぐだっとしている女。
自動ドアが開くと同時に、「ジャポン・レンタネコ~」
というCMのような歌声が流れる。
CM 3”
”
瞬間に背筋を伸ばす女。
女、独特の接客業的な口調で、
女 「いらっしゃいませ、こんにちは。ジャポンレンタネコへよ
うこそ」
客(サヨコ)が入ってくる。
サヨコ「あのう、猫、貸してほしいんですけど」
女 「かしこまりました」
女、座るよう勧める。
サヨコ、女の前に座る。
女、カウンターの上の表を指しながら説明する。
女 「わたくしどもジャポンレンタネコでは、お客様にお貸しで
きる猫がAランク、Bランク、Cランクと3種類ございま
す。対人、対物、自賠責保険が付き、Aランクは一泊二日
で1万円、Bランクは7千円、Cランクは5千円となって
おります。お客様はどのランクの猫をお探しでしょうか」
慣れた口調で、あくまでも事務的に話す女。
女がサヨコに提示した表には、ABCとランク付けさ
れた猫の写真が載っている。
戸惑うサヨコ。
サヨコ「え…っと、AとBとCの猫では、どう違いがあるんですか?」
女、表を指差しながら説明する。
女 「Aランクはですね、ペルシャ、メインクーン、スコティッ
シュフォールドなど、各種ブランド猫をご用意しておりま
す。血統書付はもちろん、躾はしっかりされておりますの
で、お客様の要望に沿った対応がなされるはずです。しか
も、名前を呼ぶと尻尾をピンと振るように訓練されており
ます。Bランクは、三毛、キジトラ、サバトラなど、ブラ
ンドの中でも純日本産の猫をご用意しております。日本猫
ですので、名前を呼んでも振るほどの長い尻尾はございま
せん。こちらも躾はしっかりされております。餌は肉より
魚が好みです。Cランクは…」
女、ここで妙な間を置く。
続きを聞きたいサヨコ。
女 「雑種です」
しばしの沈黙。
サヨコ「それだけですか?」
女 「と申しますと?」
サヨコ「Cランクの猫についての説明は、それだけですか?」
女 「説明は以上ですが、何か?」
サヨコ、しばし眉間にしわを寄せ、
サヨコ「……あの、どうして、Cランクの雑種猫は他のランクより
安いんですか?」
女 「Cランクは、当社の者が、たまたまその辺で保護した猫です
し、躾もされておりませんので、お客様のお宅で粗相をする
こともあるかと。あまりお勧めはできません」
サヨコ「たまたまその辺にいたブランド猫だったとしたら、ランク
は上がるんですか?」
女 「は?」
サヨコ「その辺の猫が、誰かにとって最高の猫だったとしたら、ラ
ンクは上がるんですか?」
女 「……」
サヨコ、うつむき、感情を抑えている。
突然、カウンターに拳を叩きつけるサヨコ。
サヨコ「ワタクシ、Cランクの猫をAランクの値段でお借ります」
女 「……さようでございますか」
サヨコ「さようでございます」
女 「分かりました。それでは…」
女、立ち上がる。
壁に「A」「B」「C」のボタンがあり、「C」のボタ
ンを押す女。
と、サヨコの前に突然、横から壁の一部がぬーっと出
てきて、その上に一匹の猫が入っている。
それは、サヨコの家の長老猫、歌丸師匠。
驚くサヨコ、唖然とする。
サヨコ「歌丸師匠! なんで? なんでこんなところに?」
歌丸師匠を撫でるサヨコ。
サヨコ「ええ? 師匠!」
戸惑うサヨコ、訳がわからない。
23 サヨコの家
ぬっと、覗き込む歌丸師匠。
朝の光が部屋の中に射し込んでいる。
寝ているサヨコ、はっと目覚め、がばっと起き上がる。
呆然として、しばらくそのまま動けない。
夢とわかってほっとするサヨコ。
サヨコ、そばの歌丸師匠を見て、
サヨコ「あ、Cランク」
24 サヨコの家
縁側の風鈴が風でチリンと鳴る。
扇風機が回っている。
暑さにうなだれている猫たち。
サヨコもぐだっーと寝転がり一緒にゴロゴロしている。
M11 1’40”
サヨコ「あづい…、あづい…はあ~…あづーーい。……人間やって
るのも大変だけど、猫やってるのも大変だね」
サヨコ、エアコンのリモコンに手を伸ばし、スイッチ
を押そうとするが、思いとどまる。
起き上がり、首を振る。
サヨコ「(自分に言い聞かせるように)ダメダメ。節電よ」
サヨコ、再びゴロンと横になり、
サヨコ「あづい…、あづい…、あ~、もう、こんな暑くちゃ何もで
きん。なんか、涼しくなる方法ないっすか? ねえ」
と、近くの猫に訪ねる。
サヨコ、何かひらめいたようにむくっと起き上がり、
サヨコ「わかった! 暑いときは、さらにもっと暑いとこに行けば、
暑さを忘れるんじゃないか?」
サヨコ、なぜか遠くを見つめ、笑みを浮かべて言う。
サヨコ「ハワイだ」
サヨコ、毛筆で目標を書く。
『新婚旅行はハワイ。その前に相手』と書く。
サヨコ、『今年こそ結婚するぞ』『焦りは禁物!顔で
M12 38”
選ぶな』の隣に貼る。
サヨコ「よし!」
気合をいる。
25 川沿いの道
猛暑の中、いつものように小さなリアカーを引いて歩
くサヨコ。リアカーには数匹の猫がいる。
サヨコ、ハンドスピーカーを片手に声をあげる。
サヨコ「レンタ~ネコ、レンタ~ネコ、ネコ、ネコ。寂しいヒトに
ネコ貸します」
しかし、川辺には人がいない。
サヨコ「はぁ、あづい…」
サヨコ、ふと周囲に人がいないことに気付き、立ち止
まる。周囲の音が止み、しーんと静まりかえる。
辺りを見回すサヨコ。
サヨコ「あれ、みんな、どこ行っちゃったんだろう」
自分だけ、この世に取り残されてしまったような感覚
に陥り、呆然とする。
突然、電車が橋を通りすぎる音がして、サヨコの意識
は現実の世界に戻る。
サヨコ「おっと、置いてけぼりになるとこだった」
小走りになるサヨコ。
26 別の道
猫の入ったリアカーを引き、暑さのためふらふらにな
って歩くサヨコ。
サヨコ「あづい……」
突如、ある店の前で「ハワイ旅行が当たる!」という
ノボリが幻のように現れる。
サヨコ「あ、ハワイ……新婚旅行……」
意識が遠のきそうになりながら、ふらふらとその店に
入ってしまうサヨコ。
それは、サヨコの夢の中に出てきたレンタネコの店と
同じだが、看板は、「ジャポンレンタカー」となって
いる。
27 ジャポンレンタカー・店内
暑さのため、ぐだっとしている女、吉川(夢の中の人
物の同じ)がカウンターにいる。
自動ドアが開くと音と同時に、「ジャポンレンタカー」
というCMのような歌声が流れる。
瞬間に背筋を伸ばす吉川。
吉川「いらっしゃいませ、こんにちは。ジャポンレンタカーへよう
こそ」
サヨコ、猫たちの入っているリアカーとともに店内。
サヨコ、エアコンの効いた店内に、ふぁ~、という感
じ。
サヨコ「あの、ハワイ…、ハワイください」
外のノボリを指差しながら、吉川に訳の分からないこ
とを言う。
サヨコ「ハワイ、どうしたら行けるんですか?」
吉 川「お車を利用してくださったお客様に限り、抽選で1名様に
ハワイ旅行が当たります」
と、事務的に言い、抽選くじの箱を見せる吉川。
サヨコ、思わず抽選くじを引こうとする。
が、その途端に箱を引っ込める吉川。
吉 川「お車を利用してくださったお客様に限り」
営業的な笑みを浮かべる吉川。
サヨコ「じゃあ、ワタシ、車借ります」
手を上げ、宣言するように言うサヨコ。
吉 川「かしこまりました」
サヨコ、席に座る。
吉川、咳払いをし、マニュアル通りの説明を始める。
吉 川「わたくしどもジャポンレンタカーでは、お客様にお貸しで
きる車がAランク、Bランク、Cランクと3種類ございま
す。対人、対物、自賠責保険が付き、Aランクは一泊二日
で1万円、Bランクは7千円、Cランクは5千円となって
おります。お客様はどのランクの車をお探しでしょうか」
慣れた口調であくまでも事務的に話す吉川。
吉川がサヨコに提示した一覧表には、ABCとランク
付けされた車の写真が載っている。
はっとするサヨコ、吉川の顔を見る。
夢の中と同じ状況であることに気付き、さらに驚く。
サヨコ「デジャブ~!」
怖がるサヨコ。が、はっと我に返り、
サヨコ「なんで? なんで、Aランクは高くて、Cランクは安いん
ですか?」
吉川、あくまでも事務的な口調で、
吉 川「Aランクは主に、ベンツ、BMW、アウディなど、各種高
級外車を揃えておりまして、その乗り心地は…」
吉川の台詞をさえぎって、カウンターに拳を叩きつけ
るサヨコ。
サヨコ「ちょっと待った! なんで、なんでもかんでもランク付け
するんですか? うちの猫たちは、Cランクだけど、どの
子もとびきり素晴らしいです」
吉 川「……猫?」
首をかしげる吉川。店内を見ると、猫たちが、いつの間にか
リアカーを飛び出し、店の中を動き回っている。
吉川、猫たちを見て唖然とする。
吉 川「お客様、困ります。我がジャポンレンタカーはペット禁止
でございます。他のお客様の迷惑にもなりますから…」
客はサヨコしかいない。
サヨコ「いないけど、他の客なんて」
吉 川「……」
サヨコ「ワタクシ、Cランクの車をAランクの値段でお借ります」
吉 川「さようでございますか」
サヨコ「さようでございます!」
吉 川「それでは、免許書のご提示をお願いいたします」
サヨコ、じっと吉川を見つめる。
吉川、サヨコの目線に気付き、気まずい。
吉 川「な、何か?」
サヨコ「あなたは? あなたは何ランク?」
吉 川「私は……」
言葉に詰まる吉川。
サヨコ「あなたから見て、ワタシは何ランク?」
吉 川「……」
サヨコ、辺りにいる猫を抱き上げ、ソファに座る。
隣を手でポンポンと叩き、あなたも座りなさい的な合
図をする。
吉 川「……」
吉川、とぼとぼとカウンターから出てきてサヨコの隣
に座る。
やっと人間らしい感情を顔に出す吉川。
吉 川「私は、Cランクです」
うつむいて言う吉川。
サヨコ「?」
吉 川「ジャポンレンタカーに勤めて12年。ここはお客様も少ない
し、いつの間にか、全ての仕事を任されるようになって、こ
こ数年は、私ひとりでこの支店を仕切っています。滅多に
来ないお客様を待って、朝来て帰るまで、一日中ずっとこ
こでひとりきりです。家に帰ってもひとり、私を待ってて
くれる人は誰もいません」
サヨコ「世界から、置いてけぼりをくらってしまったような……?」
吉川、寂しげにうなずく。
サヨコ、ハンドスピーカーを持って、吉川の耳元で声
を出す。
サヨコ「レンタネコ~。寂しいヒトに~、猫貸します」
スピーカーを下ろし、
サヨコ「猫、貸しますけど」
サヨコ、猫を吉川に手渡す。
吉川、猫を撫でる。
サヨコ「外車もブランド猫も、そりゃカッコいいけど、どれだけ持
ち主に愛されるかが重要なわけで、どれだけ高価なもので
も、愛されてないと分かりますからね」
吉 川「車でも?」
サヨコ「もちろん。ワタシのおばあちゃんは、車にだん吉って名前
をつけて相当可愛がってました。中古でボコボコだったけ
ど。エンジンかける前にはいつも、『だん吉、今日も頼む
よ~』って声かけて」
吉川、ふふっと笑う。
吉 川「変わったおばあちゃん。でも、こんな仕事をしているから
でしょうか。いつからか、いろんな物にランク付けをして
きた気がします。あの人はすごい大学に入ったからランク
が高いとか、あの人はあんな高い服を着てて金持ちだから
ランクが高いとか」
サヨコ「あの人の胸はFカップだから女としてのランクが高いとか?」
吉 川「そう」
サヨコ、自分の平らな胸を見て、
サヨコ「じゃあ、ワタシはCランクだ」
吉 川「私も」
サヨコ「残念」
サヨコと吉川、顔を見合わせて笑う。
吉 川「あの、お願いがあります」
サヨコ「はい」
吉 川「一緒にランチしてもらえませんか?」
サヨコ、なぜか得意げに、
サヨコ「いいよ」
吉 川「よかった」
吉川、ネコを置いて立ち上がる。
× × ×
猫達もランチ。
吉川、ドーナツの入った箱を開ける。
吉 川「このドーナツ、ニューヨークで有名な店の支店らしくて、
最近近所に出来たんですけど、すごく人気あって、朝から
行列に並んでゲットしたんです。せっかく並んだのに、自
M13 43”
分のランチ分だけ買うの、なんか悔しくて、思わずたくさ
ん買っちゃって。どうぞ」
サヨコ「いただきまーす」
遠慮なくドーナツをいただくサヨコ。
サヨコ「うん、うまい!」
吉川もドーナツを食べる。
吉 川「誰かと一緒に食べるのなんて、久しぶり」
吉川、穴の周りだけ微妙に残し、その周囲を食べる、
という変なドーナツの食べ方をしている。
吉川の変な食べ方をじっと見るサヨコ。
サヨコ「何それ?」
吉 川「ん?」
サヨコ「その食べ方、変」
吉 川「子どものころから、ドーナツの穴を食べるのにはどうした
らいいのかなって考えた結果、この結論に至りました」
サヨコ「ふうん…。ドーナツの穴食べると、何かいいことあるの?」
吉 川「え?」
吉川、生まれて初めて聞かれた質問だ、という顔でサ
ヨコを見る。
しばし考える吉川。
吉 川「……特に」
吉川、最後に残した穴の部分をひとくちで頬張る。
サヨコ、吉川の変な食べ方を見て顔をしかめる。
吉 川「(何か気まずい)……」
吉川の目がふと止まる。
カウンターの上、飾りの招き猫とブチ猫が並んでいる。
それを見て顔が緩む。
吉 川「んーー…(立ち上がり、子猫を抱き上げ)お借りしてもい
いですか」
サヨコ、得意げにうなずく。
サヨコ「んー、いいよ。じゃ、これにサインを」
サヨコ、一枚の紙を取り出す。
それは手書きの借用書。
吉川は、借用書に自分の名前「吉川恵」、ネコのとこ
ろに「ミケ猫」と書き、期間○○までのところに「待
ち人現れる」と書く。
吉 川「これで、いいですか」
サヨコ、借用書を確認する。
サヨコ「はい、問題なしです」
吉 川「あの、お支払いは?」
サヨコ「ああ。んー……ドーナツご馳走になったから、いいや」
吉 川「いいんですか?」
サヨコ「いんですよ」
吉 川「でも、あなた、困りませんか?」
サヨコ「ん?」
吉 川「生活とか」
サヨコ「え、困っているように見えますか?」
吉 川「やや」
サヨコ「やだ、ぜんっぜん、困ってませんよ。ワタシ、レンタネコ
屋の他にも、ちゃんと仕事してますから」
吉 川「えっ、何を?」
サヨコ「テレビコマーシャルの作曲をしています」
渋い顔で言うサヨコ。
吉川「ええ、すごい!」
サヨコ「小さいころから、音楽だけは得意なんです」
吉 川「わぁ、すごいなぁ。なんだ、あなた、Aランクの人じゃな
いですか」
ほんのちょっとすねる吉川。
サヨコ「ランク付けは、もうやめましょう。あなたもワタシも胸は
AカップでCランクなんだから」
吉 川「はい。あ、そうだ」
吉川、子猫をおいて、抽選くじの箱を取る。
吉 川「これ」
サヨコ「ハワイ!」
吉 川「当たるといいですね」
サヨコ「新婚旅行!」
サヨコ、目をつむり二拍して、くじを引く。
サヨコ「神様~」
サヨコ、くじを開く。
思い切り「はずれ」。
吉 川「残念でした」
と、粗品のうちわを渡す。
ガクッとうなだれるサヨコ。
28 レンタカー店・店の前
レンタカーのトランクに猫達のカゴを積みこむサヨコ。
吉川は、ミケ猫を抱いている。
サヨコ、ドアを閉める。
吉 川「お気をつけて」
サヨコ「穴は、食べるものじゃなくて、埋めるものです」
吉 川「え?」
サヨコ「心の中の寂しい穴ぼこは、きっとその子が埋めてくれます」
サヨコ、吉川の抱いている猫を撫でる。
見つめる吉川。
サヨコ「じゃあなぁ(吉川をみて)じゃあ」
と、言って車に乗り込む。
サヨコ「(後の猫達に振り向き)お前たち、久しぶりに遠出だぞ~」
嬉しそうな猫達。
サヨコ、吉川に会釈して車を発進させる。
去っていくサヨコの車。
それをじっと見つめる吉川。
29 夕景を走るサヨコの車
大きな夕陽が沈む海岸を走るサヨコの車。
M14 1’11”
サヨコ(モノローグ)「ニューヨークで有名だというドーナツは確
かに美味しかった。でも、正直言うと、子どもの頃、おば
あちゃんが揚げてくれたドーナツの方が何倍も美味しいと
思った。大きさはまちまちだったり、お砂糖のまぶし具合
もものによって違っていたり、それこそCランクのドーナ
ツだった」
風に吹かれているサヨコ。
猫達。
サヨコ(モノローグ)「でも、ワタシにとっては、誰がなんと言おう
と、おばあちゃんのドーナツの方がうまかった。もう二度
と食べることはできないけれど。…きっと、誰かにとって
の大切なものは、それがどんなものでも、イチバンなんだ
と思う」
夕陽の海岸線を走るサヨコの車。
太陽が満月に変わって――。
ネコがやってきて、満月を眺める。
30 欠 番
31 サヨコの家・中・夜
卓袱台のような低いテーブルの上にキーボードを置き、
片手でターンテーブルを回し、無駄にヘッドホンを片
耳に当て作曲しているサヨコ。
リズム 20”
キーボードの上にはネコ。
サヨコのリズムにあやされて、動くたびに音。
サヨコ「♪ジャ、ジャ、ジャポンレンタネコ~~~」
決してうまいとは言えない。
猫がキーボードの上を歩く。
サヨコ、止めて、
サヨコ「あー、いいフレーズでたね」
と、ネコを撫で、またあやす。
微妙な作曲を続けるサヨコ。
32 サヨコの家・庭(日替わり)
縁側の風鈴が風に揺られ、チリンと鳴る。
庭に、竹樋を設置し、ひとり流しそうめんをしている
サヨコ。
上流から自分でそうめんを流し、ダッシュで下流に行
き、箸でそうめんを捕まえて食べる、というめでたい
ひとり遊びをしている。
そうめんを美味しそうにすすり、
サヨコ「はぁ……やっぱ夏はそうめんに限るね。おーい、おまえた
ち、食べるか?」
と、家の中にいる猫達に話かけるサヨコ。
ふと視線を感じ、振り返り、ギョッとなる。
隣の庭から、変なおばさんがサヨコの異様な行動を見
ている。
サヨコ「こんにちは」
変なおばさん、おもむろに空を見上げ、指で数を数え
ながら唐突に一句詠む。
変なおばさん「夏の日の、ひとりそうめん、むなしけり」
サヨコ、鼻の穴を膨らませて怒る。
サヨコ「大きなお世話です」
変なおばさん、持っていたザルの野菜からキュウリを
とって齧り、妙な自作の唄を歌いながら戻っていく。
変なおばさん「花は赤いわー 空は青いわー 私の気持ちはー」
サヨコ「あのババア、ぜってーゆるさねー」
ムッとしながらも、流しそうめんを続ける。
上流からそうめんを流し、ダッシュで下流に行き、箸
でそうめんを取ろうとするが、そうめんは箸から抜け、
流れていく。
サヨコ、流れていくそうめんをぼんやり眺める。
ため息。
サヨコ「はぁ、結婚したい…」
サヨコの携帯電話の着メロが鳴る。
サヨコ「はい、レンタネコ屋です。……そうですか、わかりました」
33 レンタカー店
カウンターに、ミケ猫を抱いている吉川。
ネコの匂いを嗅いだりしている。
自動ドアが開くと共に、「ジャポンレンタカー」の歌
声が聞こえる。
CM 3”
吉 川「いらっしゃいませ、こんにちは。ジャポンレンタカーへ
ようこそ」
店内に入ってくるサヨコ。
サヨコ「こんにちは」
吉川、サヨコの顔を見て、ぱっと笑顔になる。
吉 川「ああ! 待ってたんですよ!(立ち上がりサヨコの前に)」
サヨコ「何?」
吉川の興奮ぶりが理解できないサヨコ。
吉 川「実はあの後、私、初めてジャポンレンタカーで車をレンタ
ルしたんです。あなたが車で去っていくの見て、ああ、た
まにはドライブもいいかなって。不思議なことに、私、12
年もレンタカー屋に勤めていて、一度も車を借りたことが
なかったんです」
サヨコ「はあ」
吉 川「それでね、あの抽選くじ引いたら、当たっちゃったんです、
ハワイ!」
サヨコ「へ?」
吉 川「明日から行ってきます。だから、この子、一端預かってい
ただきたくて。すごいです、本物の招き猫でした。ありが
とうございました」
と、ネコをサヨコに渡す。
吉 川「あ、でも、帰ったらまたレンタネコさせてくださいね」
吉川、ネコを撫でて、
吉 川「またね~~~」
去っていく吉川。
サヨコ「あっ……」
何も言えないサヨコ。
置いてけぼり感のサヨコ。
34 サヨコの家・中
サヨコ、襖に貼ってある『新婚旅行はハワイ。その前
に相手』という紙の前に行き、剥がす。
サヨコ「ふんっ」
貼り紙を丸めてゴミ箱に捨てる。
ぶすっとしている。仏壇に供えたキャベツから、葉を
一枚とってかじるサヨコ。
そして、その場にゴロンと横になる。
天井を眺めるサヨコ。
サヨコ(モノローグ)「だけど、ワタシがハワイに行ったら、猫た
ちのご飯は誰があげるのだろう。猫たちのトイレは誰が掃
M15 28”
除するのだろう。だからやっぱり、新婚旅行は一泊二日…」
ふぅと一息つくサヨコ、むくっと身体を返し、
サヨコ「熱海でいっか」
と歌丸師匠に話しかけるサヨコ。
× × ×
広がる夏空。
飛行機が飛んで行く音が聞こえて――。
終わり
縁側の子猫
第4話
35 サヨコの家・中
サヨコ、周りを見回して、
サヨコ「それでは、このままカリカリがいいか、缶詰に切り替えた
方がいいか、挙手をお願いします。カリカリがいい人」
正座して真剣な顔のサヨコ。
サヨコの周りには、たくさんの猫が集まっている。
猫たち「……」
サヨコ「では、缶詰がいい人」
猫たち「……」
サヨコ「そうですか、みなさん、どちらでもいい、ってことですか」
猫たち「……」
サヨコ「歌丸師匠、本当にどちらでもいいのですか?」
歌丸師匠「……」
サヨコ「みなさん、何でもかんでもどうでもいいんじゃなくて、確
固たる意思を持って、しっかり主張してください。世の中
に無関心でいることほど愚かしいことはないのですよ」
猫たち、サヨコの周辺から去っていく。
サヨコ「ちょっと、まだ集会、終わってませんよ。ちょっと!」
猫たちが去ってしまい、ぶすっとするサヨコ。
サヨコ「うーん…」
縁側の風鈴が風に揺れ、チリンと鳴る。
サヨコ、立ち上がり、縁側の方へ。
庭を眺めながら窓枠の上を掴み、伸びをする。
窓枠を掴んだ両手の指先を見るサヨコ、指先は埃で汚
れている。
サヨコ「あぁ…」
目の前に両手を広げ、驚くサヨコ。
サヨコ「どうしよう、見なかったことにするか、今すぐ掃除するか」
サヨコ、目をつむり決断する。
サヨコ「ん~、よし、見なかったことにしよう」
サヨコ、両手をパンパンと払い、埃を落とす。
サヨコ「今日も暑いのう」
サヨコ、台所から麦茶の入った2つのコップを持って
きて、ひとつを仏壇に供え、
サヨコ「やっぱり暑い日は麦茶だね、おばあちゃん」
と、自分の麦茶を一気に飲み、ほっと一息つく。
しばしの沈黙。
M16 1’58”
サヨコ「あ~、ダメだ。やっぱ気になる」
サヨコ、立ち上がり、ハタキをもって、窓枠を掃除し
始める。
サヨコ(モノローグ)「中学生のころ、学校からの帰り道で遭遇し
た猫の集会は、とても奇妙なものだった。お金持ちの家の
大きな門の前で行われていたその集会は、片目がつぶれて
いたり、足が3本だったり、ところどころ毛がなかったり、
そんな猫たちの集まりだった。みんな、何か言いたいこと
があるような顔をして、ただそこでじっとしていた。猫た
ちは、人間には通じない言葉でいったい何を語り合うのだ
ろう」
サヨコがパタパタするハタキの先を追いかける猫。
いつの間にか、掃除ではなく猫との遊びになっている。
襖には目標を書いた紙が貼ってある。
『今年こそ、結婚するぞ』、『焦りは禁物! 顔で選ぶ
な』の隣に、『選択の余地はない。上下15才まで可』
とある。
36 川辺の道
数匹の猫を乗せた小さなリアカーを引いて川沿いを歩
いているサヨコ。
サヨコ、スピーカーを片手に声をあげる。
サヨコ「レンタ~ネコ、レンタ~ネコ、ネコ、ネコ。寂しいヒトに~
ネコ貸します」
反対側からくる子ども達。
子ども1「うっわ、また来たよ、ネコババァ」
子ども2「お前、話かけてこいよ」
子ども1「やだよ、お前いけよ」
子ども2「お前いけよ」
逃げていく子どもたち。
サヨコ「レンタ~ネコ、レンタ~ネコ、ネコ、ネコ。寂しいヒトに
ネコ貸します」
反対側から、ヨーヨーをしながら歩いてきて、サヨコ
とすれ違う男、吉沢。
サヨコ「レンタ~ネコ……」
サヨコ、ふと立ち止まる。何か、思い出したような…。
吉沢もふと立ち止まる。
サヨコは再び歩き始める。
吉沢は振り返ってサヨコを見る。
サヨコ「レンタ~ネコ、ネコ、ネコ」
吉沢、サヨコを追いかけ、追いついて、サヨコの顔を
覗き込む。
サヨコの顔をまじまじと見つめる吉沢。
サヨコ「なんですか」
吉 沢「あの、君、もしかして、ジャミコ?」
サヨコ、立ち止まり、吉沢の顔をしばし見つめる。
サヨコ、はっとなり、顔をそらし、急にそそくさと逃
げるように速足で歩きだす。
サヨコ「違います」
サヨコについて歩く吉沢。
吉 沢「いやいや、ジャミコさんでしょ」
サヨコ「知りません」
吉 沢「久しぶり。オレ、覚えてない? 吉沢です。宮本中学出身
でしょ。一緒だったよね」
サヨコ、吉沢から顔をそむけたまま歩く。
吉沢、少し離れサヨコに言う。
吉 沢「ねえ、猫、貸してよ。今日一日だけ」
サヨコ、立ち止まり、振り返って吉沢を見る。
吉 沢「レンタルしてるんでしょ。この猫たち」
サヨコ、黙ってうなずく。
吉沢、リアカーにいる猫たちを見る。
吉 沢「できたら、女の子がいいんだけどなぁ」
サヨコ「今日は、この中に、女の子はいないから」
ぶっきらぼうに答えるサヨコ。
吉沢、残念そうに、
吉 沢「そっか。せめて最後の夜くらい女の子と一緒にいたかった
んだけどな…。たとえ猫でも」
サヨコ「最後の夜って?」
吉 沢「明日、インドへ発つんだ」
サヨコ「?」
吉 沢「行方不明の叔父さんを探しに行く。20年前に行ったっきり、
帰ってこなくて。すっごい仲良しだったのにさ」
遠い目をして言う吉沢。
ふたりの間に、しばしの間。
サヨコ「……嘘ばっかり」
吉沢、にやっと笑い、
吉 沢「あれ、バレた?」
サヨコ「うそつきはったりの吉沢」
吉 沢「なんだ、やっぱり覚えてたんじゃん。保健室のジャミコさ
ん」
サヨコ「ふん」
ぷいっと背を向けるサヨコ、歩き始める。
吉 沢「あ、ねえ、行っちゃうの? 寂しい人に猫、貸すんでしょ。
オレ今、超寂しいんだけど。おーい」
吉沢、サヨコの背に叫ぶ。
サヨコ、吉沢を無視して歩く。
37 欠 番
38 サヨコの家・居間
帰ってきて、麦茶を一杯飲むサヨコ。
座って、ほっと一息つく。
ふと庭を見て、びっくりするサヨコ。
庭に、吉沢がヨーヨーをしながら立っているのだ。
吉沢、家や庭を眺め、
吉 沢「いいとこ、住んでるね」
サヨコ「え、なんで、なんでそんなとこにいるの」
吉 沢「お邪魔してます」
サヨコ「つけてきたのか、変態!」
にやにやしている吉沢。
吉 沢「猫、貸してもらおうと思ってさ。女の子の猫」
サヨコ「だめ。あんたには貸せない」
吉 沢「なんで?」
サヨコ「うそつきの変態に、貸せるわけないでしょ」
吉 沢「ひどいな。うそつきの変態だって、寂しいときは寂しいの
に…」
切ない顔をする吉沢。
サヨコ「……」
たくさんの猫たちが部屋と庭を自由に遊びまわってい
る。
サヨコ「この子と、あの子が女の子」
吉 沢「ふーん」
吉沢、縁側に座り、女の子の猫をなでる。
その様子を見つめるサヨコ。
サヨコと吉沢、目が合う。
サヨコ、さっと視線をそらし、そそくさと、
サヨコ「あ、お茶。こういう時、お茶とか出すんだよね」
風鈴が鳴る。
サヨコ、冷たい麦茶を吉沢に持ってくる。
サヨコ「はい」
吉沢の前に麦茶のはいったコップを置く。
吉 沢「(飲もうとせず)暑いね」
サヨコ「うん」
吉 沢「暑い日っていえば、何?」
サヨコ「…麦茶」
吉 沢「ブー。残念」
サヨコ「?」
吉 沢「ビールだよ。暑い日はビール。決まってるの」
サヨコ「ないよ、そんなの。ずうずうしいな」
吉 沢「ない? え、ないの?」
サヨコ「ないよ。ビールなんて、飲まないもん」
吉 沢「ビールを飲まないなんて、ビールを飲まないなんて、夏に
ビールを飲まないなんて、そんなの、夏の3分の2、楽し
んでないってことだよ」
サヨコ「そこまで?」
吉 沢「分かった。よし、ちょっと待ってて」
吉沢、立ち上がり、消える。
ひとり残されるサヨコ、猫をなでる。
39 中学校・保健室(回想)
授業中。
昇降口、廊下など点描。
『保健室』のプレート。
カーテンで囲われている保健室のベッド。
ベッドの付近には、《ジャミコ専用》と張り紙がある。
ベッドそばに揃え置かれてる上履きズック。
カーテンの中は、時間割表やプリントが壁に貼られ、
本当の意味での専用になっている・
ベッドで寝ている中学生のサヨコ(13)、いびきが
うるさい。
突然、カーテンが開く。
少年、吉沢(13)が顔を出す。
吉 沢「おい、ジャミコ」
目を覚ますサヨコ。
吉 沢「いびき、うるさいぞ」
サヨコ「あ?」
カーテンがシャッと閉められる。
サヨコ、起き上がり、隣のベッドのカーテンを開ける。
吉沢が寝ている。
じっと、吉沢を見つめるサヨコ。
吉 沢「なんだよ」
サヨコ「また、さぼってんのか」
吉 沢「ちがうよ。ちょっとだるくて。こないだ精密検査したら、
白血病の疑いがあるって」
ふたりの間に、しばしの間。
サヨコ「嘘ばっか」
吉 沢「バレた? ちょっと昼寝」
サヨコ「うそつきはったりの吉沢」
吉 沢「ジャミコがベッドに張り付いてるとこ見ると、ホント、ジ
ャミラみたいだな」
サヨコ「……」
サヨコ、吉沢のベッドのカーテンをシャッと閉める。
また自分のベッドで寝るサヨコ。
吉沢が隣のベッドから話しかける。
吉沢の声「あ~、暑い。暑いな。暑い日といえば、何?」
サヨコ「……麦茶」
吉沢の声「ブー。残念」
サヨコ「じゃあ何?」
吉沢の声「えー、ジャミコ、知らないの」
サヨコ「何よ」
吉沢の声「よし、ちょっと待ってて」
吉沢がベッドから起き、どこかへ行った物音が聞こえ
てくる。
ひとり、取り残されるサヨコ。
40 サヨコの家・庭
思い返しているサヨコ。
サヨコ「……」
吉 沢「おまたせ」
庭から現れる吉沢、コンビニの袋には小瓶のビールが
入っている。
縁側に座り、瓶ビールの栓を開ける吉沢。
吉 沢「はい」
と、サヨコにビールを差し出す。
吉沢、自分の分も開けて、サヨコとカチンと瓶合わせ、
一気に飲む。サヨコもビールを飲む。
吉 沢「あ~!」
サヨコ「あ~!」
吉 沢「な、暑い日はビールだろ」
サヨコ「うん」
サヨコ、まんざらでもない感じ。
吉沢、庭を眺めながら、おもむろに、
吉 沢「ねえ、なんであのころ、ジャミコはいつもいつも保健室に
いたの?」
サヨコ「べつに…、頭悪くて勉強についていけなかったし、なんか、
とにかく眠かった」
吉 沢「オレ、羨ましかったんだよね。ジャミコ、いつも保健室の
M17 54”
ベッドに張り付いてさ、すやすやいびきかいて寝てて。
何にもしがらみないみたいで」
サヨコ「……しがらみもなかったけど、友達もいなかった」
吉 沢「それはオレも。うそつきはったりだから。でも、友達なん
かいなくても、ジャミコは寂しそうじゃなかったな」
サヨコ「うん。おばあちゃんがいたからね」
吉 沢「そっか」
風鈴が鳴る。
サヨコ「そっちは、今、何やってんの?」
吉 沢「どろぼう」
笑うサヨコ。
吉 沢「ジャミコは?」
サヨコ「ワタシは、れっきとしたレンタネコ屋です」
吉 沢「相変わらず変わってるよな。稼げるの?」
サヨコ「もちろん。年収一億」
吉 沢「まじで?」
サヨコ「うそ」
吉沢、家の中のものを見回して、うなずく。
吉 沢「だよな。何にも盗るものない感じ」
吉沢、庭の片隅を指さして、サヨコに尋ねる。
吉 沢「あれ、何?」
サヨコ、吉沢の指の先を見る。
それは、いくつもの木の棒が立てられ、ひとつひとつ
に名前が書かれている。
サヨコ「ああ、猫たちのお墓」
吉 沢「へえ……」
吉沢、立ち上がり、墓を見に行く。
サヨコ「ミヨコ、サチコ、正太郎、がんちゃん、マサラ、ポチコ、
木村くん、カワチン、アコちゃん、ゴマ子」
サヨコ、サンダルをつっかけ、吉沢のほうへ。
吉 沢「何それ?」
サヨコ「死んだ猫たちの名前」
吉 沢「全部覚えてるの?」
サヨコ「もちろん」
吉 沢「ふうん」
吉沢、しみじみ猫たちの墓を見つめる。
吉 沢「あ」
吉沢、地面に見入る。
サヨコ「何?」
吉 沢「でっかいアリの穴」
吉沢、アリの穴に土をかぶせ、埋めようとする。
サヨコ、止める。
サヨコ「あ、ちょっと、なんでそんなことすんの?」
吉 沢「え? 何が?」
サヨコ「何がって。そんなことしたらアリがかわいそうじゃん」
吉 沢「だって、アリの穴見たら、普通埋めるでしょ」
サヨコ「いや、あんたの普通はみんなの普通ではないの。そんなこ
としたら帰る家、なくなっちゃうでしょ」
吉 沢「オレも、帰る家ない」
サヨコ「え?」
吉 沢「……ねえ」
サヨコ「?」
吉 沢「オレがインドに行っても、オレのこと、覚えててくれる?」
サヨコ「だって、あれは嘘でしょ」
吉 沢「たとえばの話だよ。たとえば、オレがインドに行っても、
オレのこと覚えておいてくれる?」
サヨコ「……さあ、それはどうだろう」
サヨコ、縁側に戻る。
吉沢、ふっと笑う。
吉 沢「帰ろ」
サヨコ「猫は?」
吉 沢「返せないからいいや。それに、ここで一緒にいれたし」
吉沢、猫を愛おしそうに見る。
サヨコ「ふうん」
吉 沢「じゃあな、ジャミコ」
去ろうとする吉沢。
吉沢の背に向かって声をかけるサヨコ。
サヨコ「……埋めなきゃいけないのは、アリの穴じゃなくて、あん
たの心の穴ぼこだぞ」
立ち止まる吉沢、サヨコの言葉を受け止める。
吉沢、振り返り、
吉 沢「ねえ、ジャミコって、本名何ていうの?」
サヨコ「サヨコ」
吉 沢「へえー。ジャミコってサヨコっていうんだ。…覚えておく」
吉沢、サヨコの家の中の張り紙を見て、
吉 沢「今年こそ、結婚するぞ? 」
サヨコ「あぁ!」
慌てて襖の張り紙を隠そうとする。
サヨコ、振り返ると、もう、吉沢は消えている。
サヨコ「…またね」
ひとりその場に残されるサヨコ。
縁側に吉沢の忘れていったヨーヨーが置いてある。
42 サヨコの家・夜
扇風機が回っている。
M18 1’09”
蚊取り線香の煙が上がる。
サヨコ、仏壇の前に座っている。
コップに吉沢が置いていったビールを注いで、仏壇に
供える。
サヨコ(モノローグ)「またねって言っておいて、きっともう二度
と会わないだろうなって思う人がたまにいる。おばあちゃ
んとの最期の別れも、またね、だった…」
サヨコ、ソファの方に来て、瓶ビールをラッパ飲みす
る。
サヨコ「あ~! (ふぁーと息をはいて)ホントだ。暑い日はビー
ルだ」
玄関のベルが鳴る。
サヨコ「は~い」
43 サヨコの家・玄関・夜
サヨコ、玄関に行き、戸を開ける。
刑 事「夜分、失礼します」
刑事、ずかずかと玄関に入り、警察手帳をみせ、
刑 事「こういうもんですが」
刑事、男の写真をサヨコに見せる。
刑 事「この男が、この辺りに現れたっていう情報がありまして。
吉沢茂、窃盗の常習犯」
写真の男は吉沢。
サヨコ「あぁ!」
サヨコ、写真を指さして驚く。
41 中学校・保健室(回想)
ベッドで寝ているサヨコ。
カーテンがガラッと開く。
吉 沢「ほら」
吉沢、ガリガリくんをサヨコに手渡す。
吉 沢「暑い日はガリガリくんだろ」
サヨコ「(起き上がり)どうしたの、これ」
吉 沢「近くの駄菓子屋でパクってきた」
二人、ガリガリくんを食べる。
サヨコ、美味しくて、目を丸くする。
サヨコ「ホントだ。暑い日はガリガリくんだ」
吉 沢「だろ」
ふたりでガリガリくんをかじる。
44 サヨコの家・庭(日替わり)
サヨコ、縁側に座り、寂しそうにガリガリくんを食べ
ている。
サヨコ(モノローグ)「ワタシは、とってもダメな中学生だった。
忘れたい過去だ。でもおばあちゃんは、いつでもワタシの
最強の味方だった」
サヨコ「…おばあちゃん。…猫の優しさでも、埋められない穴ぼこ
があるのかな…」
サヨコ、立ち上がり、庭を歩く。
ガリガリくんを食べ終えたアイスの棒をアリの穴に立
てる。
せわしなく動くアリをぼんやり眺めるサヨコ。
変なおばさんの声「なんだよ、元気ないね」
サヨコ、声に顔を上げると、隣の変なおばさんが見て
いる。
変なおばさん「また男に振られたか?」
サヨコ「またって、どういう意味ですか」
変なおばさん「たまには、がまんしないで泣いてもいいんだよ」
サヨコ「……」
サヨコ、鼻をすすり、うっと泣きそうになる。
変なおばさん「うわ、その顔、ブス~」
とサヨコを指差して笑う変なおばさん。
サヨコ「(ムッ)……」
サヨコ、しらけ、泣くのをやめる。
変なおばさん、持っていたザルから、アルミホイルに
包んだジャガイモを一つ、サヨコに放り投げる。
変なおばさん「塩でもつけて食べな」
優しい顔をみせ、いつものように、妙な自作の歌を歌
いながら、戻っていく変なおばさん。
変なおばさん「花は赤いわー 空は青いわー 私の気持ちは」
サヨコ「……あのババア、ぜってーゆるさねー」
サヨコ、立ち上がり、ポケットから吉沢が忘れていっ
たヨーヨーをやってみる。
サヨコ(モノローグ)「あのときのガリガリくんも、盗んだものだ
ったのだろうか…」
(フェード・アウト)
M19 56”
終わり
スペシャルエンディング
45 サヨコの家
縁側で猫達と並んで庭を眺めるサヨコ。
風に触れる風鈴。
庭の鉢植え。
庭の猫達の墓。
サヨコの庭用サンダル。
テーブル上の、飲みかけの麦茶。
M20 3’06”
蚊取り線香。
仏壇。おばあちゃんの写真。
46 川辺の道
サヨコ、いつものように猫たちを乗せたリアカーを引
いて歩く。
サヨコ「レンタ~ネコ、レンタ~ネコ、ネコ、ネコ、寂しいヒトに
ネコ貸します」
サヨコ(モノローグ)「おばあちゃんが死んだあと、心に、ぽっか
り穴が開いてしまった。おばあちゃんが死んでしまったと
いうのに、毎日ムカツクほどまぶしい朝がやってきて、ば
かみたいに1日3回お腹がすいて、しつこいくらいに日が
暮れると月がのぼって、吐き気がするような春が終わり、
狂った夏が過ぎ去って…悲しみがいっぱいで、ふさぎよう
のない心の寂しい穴ぼこを、少しずつ埋めてくれたのは、
猫たちだった」
サヨコ「レンタ~ネコ、レンタ~ネコ、ネコ、ネコ、寂しいヒトに」
突然、リアカーが動かなくなり、立ち止まるサヨコ。
振り返ると、制服姿の少年がサヨコの引くリアカーを
足で押さえている。
サヨコ「ちょっと、何すんのよ」
少 年「おいネコババァ、猫貸せ」
サヨコ「ふん」
少 年「なんだと。お前、それが客に対する態度か」
サヨコ「女性に対してお前なんて言うな」
少 年「何で?」
サヨコ「もうそういう時代は終わったの。女の子にモテたかったら
お前なんて言っちゃダメ。分かった? お前に、お前なん
て言われる筋合いはないのだよ、少年。さっ、どいて。仕
事の邪魔」
どこうとしない少年、リアカーを足で押さえている。
サヨコ、むすっと少年を睨むが、次の瞬間、にやりと
する。
サヨコ「あら、何? もしかして、あんた、寂しいの?」
少 年「はあ?」
サヨコ「寂しいんでしょ。寂しいから猫貸してもらいたいんだ」
少 年「べつに」
サヨコ「寂しいなら、寂しいって素直にそう言えばいいのに」
少 年「何言ってんの?」
サヨコ、リヤカーから出て、両手を広げる。
サヨコ「いいよ、お姉さんの胸でお泣き。ギューしてあげるから」
唖然とする少年。
次の瞬間、サヨコの胸に飛び込もうとする少年。
サヨコ「えっ、冗談。冗談だよ」
サヨコ、逃げようとする。
追いかける少年。
画面、黒味になって――。
少年の声「お姉さん!」
サヨコの声「ちょっと、来ないでよ。いやー!」
サヨコ(モノローグ)「どうしようもなく寂しいヒトが、いっぱい
いる。救われない悲しみがたくさんある。だから今日も、
寂しいヒトに猫を貸そう。心の穴ぼこを埋めるために」
47 サヨコの家・居間
『今年こそ結婚するぞ』の貼り紙が、ペラリと剥がれ
落ちる。
終わり
エンディングイラスト
作画 くるねこ大和
―― キャスト・スタッフタイトル ――
エンディング
エンディング 3’26”
『東京ドドンパ娘』
動物たちに対しては、彼らの習性や意志を尊重して、
映画製作をすすめました。
Cマーク・映倫番号
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